「鎌倉殿の13人」義経鵯越の検証は?勝手にブラタモリやってみた!

   

 

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第16回【伝説の幕開け】が超盛り上がり!

中でも義経の鵯越伝説の実態・真相はどの様な出来事であったのでしょうか?

今回は『「鎌倉殿の13人」義経鵯越の検証は?勝手にブラタモリやってみた!』

というタイトルで、鵯越(ひよどりごえ)作戦の実相についてお伝えしたいと思います。

どうぞ最後までごゆっくりお読みください。

 

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鵯越は可能であったのか?

 

国芳,上 坂本町 川口板 『-「源義経」』(The British Museum所蔵)「ARC浮世絵ポータルデータベース」収録 CC BY-NC-SA

出展:twitter

 

国芳による浮世絵「鵯越の逆落とし」ですね。

後の世の多くの画家に好まれた題材でもあります。

崖下の平家の陣を目指して義経まっしぐらに駆け下りています。

怖いくらいの勢いを感じますね~。

ドラマでは『馬を先に走らせた』とありますが、この勾配はあり得ないと思います。

実際の鵯越はどうだったのでしょうか?

ブラタモリ | J:COMテレビ番組表

出展:NHK ブラタモリ(本記事とロゴは無関係です)

 

 

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国芳の鵯越は約60度ですが、実際は30度程度の傾斜だったのではないかと思われます。

スキーのジャンプ台はノーマルヒルで31度以上、 ラージヒルでは32度以上の傾斜ですので、

馬で駆け下りるには十分怖い崖と言えますね。

 

しかし、合戦ともなれば武者は余裕で駆け下りたのではないでしょうか?

馬を先に走らせたのであればなおさらです。

従って、鵯越は可能であったと言えるでしょう。

 

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義経が実行した作戦か?

 

 


引用:YOUTUBE NHK 歴史探偵

 

[歴史探偵] 鵯越(ひよどりごえ)の逆落としをしたのは義経ではなかった!?

 

によると鵯越を実行したのは多田幸綱(だだ ゆきつな)という武将であったという事で、

この事は、当時の貴族 九条兼実(くじょう かねざね)の日記『玉葉』に在るそうです。

 

いや~凄い事ですね~。

800年以上前の事が手に取るように分かるなんて感動です!

諸説あるのかもですが、この様に大昔に日記が書かれていて、

それが現在にまで伝わるなんて・・・、おそらくこの日記も紙に書かれたからこそ残ったもので、

仮に電子媒体であれば100年も残らないのではと思います。

 

 

歴史を辿る手がかりは?

 

歴史専門の先生方は歴史を知る手がかりとして【1級資料】を大切にされているとか。

確かに、後で編纂された勝者の歴史書や娯楽目的に脚色された書き物はあてにならないでしょう。

素人の感覚では時間が経てばたつほど貴重な資料の発見は困難にも思われますが、

一方で近年、歴史を覆すような資料も発見されたりして、

あながち、時の流れは歴史研究の敵ではないと思ったりします。

 

もう一つ、同じNHKの『ブラタモリ』の面白さにも触れておきたいと思います。

この番組はその土地土地の地形から歴史を紐解いていくというものですが、

『世の中が変わってもその土地の起伏や山河はそれほど変わらない』ところに

着目していて、分かり易く、信憑性が高い番組と賞賛されている様です。

 

今回の鵯越も、その様な意味から検証してみたく思った次第ですが、

さすがの義経も今の鵯越を見たら腰を抜かすのでは・・

と考えると愉快でたまりませんね~。

更に、私たちも800年後の世界を見たなら・・

と思うと想像するだけでワクワクが止まりません。

 

 

ネットの反応

 

 

 

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まとめ

 

いかがだったでしょうか?

今回は『「鎌倉殿の13人」義経鵯越の検証は?勝手にブラタモリやってみた!』

というタイトルで、鵯越(ひよどりごえ)作戦の実相についてお伝えしました。

ドラマは5月1日義高の悲劇、5月8日は壇ノ浦へと一気に駆けて行きまする。

なんか、”ちむどんどん”しますね~。

NHK素晴らしいと思います。

今回も最後までお読みいただき有難うございました。

 

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