是枝裕和(映画監督)のプロフィールは?学歴や経歴についても!

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12月18日 の「クローズアップ現代」に、是枝裕和さんが出演!

是枝裕和さんってどんな人なのか気になり少し調べてみました。

今回は、『是枝裕和(映画監督)のプロフィールは?学歴や経歴についても!』

と言うタイトルで是枝裕和さんについてお伝えしたいと思います。

どうぞ最後までごゆっくりお読みください。

 

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是枝裕和のニュース

 

NHKクローズアップ現代 公式 (@nhk_kurogen) / Twitter

 

クローズアップ現代 山田太一 生きる哀しみを見つめて

 

「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」など名作ドラマを手がけた

脚本家の山田太一さんが、89歳で亡くなった。

膨大な秘蔵の音声記録、名優たちの証言から真髄に迫る。

 

番組内容

「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」など数々の名作ドラマを手がけた

脚本家の山田太一さん。

最晩年、自作について語った膨大な音声記録が残されていた。

自作をほとんど褒めなかった山田さんが手放しで評価したのが「男たちの旅路 車輪の一歩」。

社会のバリアフリー化の道を拓いた記念碑的作品に込めた思いとは。

ドラマを彩った水谷豊さん、中井貴一さん、柳沢慎吾さんへの独占インタビューとともに

山田作品の真髄に迫る。

 

出演者

【出演】是枝裕和,

【キャスター】桑子真帆,

【語り】安元洋貴

 
 
 
 

引用:「クローズアップ現代」の番組案内から

 

 

 

 

是枝裕和のプロフィール

 

画像

出展:X

 

これえだ ひろかず
是枝 裕和
是枝 裕和

生年月日 1962年6月6日(61歳)
出生地 日本の旗 東京都練馬区
職業 映画監督テレビドキュメンタリー演出家
ジャンル 映画、テレビ
活動期間 1995年 –
配偶者 既婚[1]
事務所 分福
公式サイト 公式ウェブサイト
主な作品
監督・脚本
ワンダフルライフ
誰も知らない
歩いても 歩いても
そして父になる
海街diary
三度目の殺人
万引き家族
監督
幻の光
怪物
海外映画
真実
ベイビー・ブローカー
製作・製作総指揮
ゆれる
マイスモールランド


ドラマ
ゴーイング マイ ホーム
舞妓さんちのまかないさん

受賞

カンヌ国際映画祭
パルム・ドール
2018年万引き家族
審査員賞
2013年そして父になる
クィア・パルム
2023年怪物
エキュメニカル審査員賞
2022年ベイビー・ブローカー
ヴェネツィア国際映画祭
ロベール・ブレッソン賞
2022年
ロサンゼルス映画批評家協会賞
外国語映画賞
2018年『万引き家族』
セザール賞
外国映画賞
2018年『万引き家族』
日本アカデミー賞
最優秀監督賞
2015年海街diary
2017年三度目の殺人
2018年『万引き家族』
最優秀脚本賞
2017年『三度目の殺人』
2018年『万引き家族』
最優秀編集賞
2017年『三度目の殺人』
ブルーリボン賞
作品賞
2004年誰も知らない
監督賞
2004年『誰も知らない』
2008年歩いても 歩いても
その他の賞
サン・セバスティアン国際映画祭
最優秀脚本賞
2011年奇跡
国際映画批評家連盟賞
1999年ワンダフルライフ
ドノスティア賞
2018年


ボストン映画批評家協会賞
外国語映画賞
2018年『万引き家族』


フロリダ映画批評家協会賞
外国語映画賞
2018年『万引き家族』


サンディエゴ映画批評家協会賞
外国語映画賞
2018年『万引き家族』


アジア・フィルム・アワード
監督賞

2022年ベイビー・ブローカー

出展:Wikipedia

最終学歴:早稲田大学第一文学部文芸学科 卒業

 

 

是枝裕和の経歴

 

画像

出展:www.nobetech-mag.jp

 

 

生い立ち

 

東京都練馬区に生まれ、9歳から清瀬市の清瀬旭が丘団地で過ごす。

のちに旭が丘団地は『海よりもまだ深く』の主人公の実家として撮影場所にも使われた。

鹿児島県生まれで奄美大島に渡った曽祖父、奄美生まれで台湾に渡った祖父、

台湾生まれでシベリア抑留を経験した父という家系に生まれた。

母親が映画好きだったため、幼いころから池袋の映画館でさまざまな映画を鑑賞。

TV作品ではウルトラマンやウルトラセブンに描かれた怪獣や宇宙人に差別や戦争の

メタファーを託した名作たちに影響を受け、萩原健一のファンでもあり、

萩原主演の『前略おふくろ様』や『傷だらけの天使』に一番大きな影響を受けたと語り、

アルフレッド・ヒッチコックの『鳥』にも衝撃を受け、『鳥』をみた翌日に道で鳥を見かけ

怖いと感じるほど衝撃を受けた。

1972年ミュンヘンオリンピックの男子バレーボールの金メダル獲得に感動し、

中学・高校とバレーボールに没頭し部活では部長を務めていた。

物書きになろうと、早稲田大学第一文学部文芸学科に進学するが、大学に入学してすぐに

フェデリコ・フェリーニの映画を観て衝撃を受け、大学よりも映画館に足を運ぶ日々が続く。

特に早稲田の近くにあったACTミニ・シアターは年会費1万円でフリーパスで映画が観られたため

毎日通っていた。

シナリオ文学にも熱中し、ビルの警備や福武書店のバイトを掛け持ちでやりながら、

バイト代は倉本聰、向田邦子、山田太一、市川森一のシナリオ集を揃えるのに当てていた。

大学では岩本憲児に師事し、卒論は創作脚本を書いた。

 

 

ドキュメンタリーディレクターとして

 

将来的に監督業を目指すことも視野に入れながら1987年に番組制作会社

テレビマンユニオンへ入社。

(2013年の重松清によるインタビューで是枝はテレビマンユニオン創設メンバーの今野勉、

萩本晴彦、村木良彦の名を挙げてテレビ特有の作家性に閉じないライブ感を3人から教わったと

述べていて、テレビマンユニオンへの参加10年が経過した1997年に新人採用試験の

委員長を務めた際には、

「今野勉、萩本晴彦、村木良彦にインタビューしてください」という課題を出した。)

 

『遠くへ行きたい』、『アメリカ横断ウルトラクイズ』や『日立 世界・ふしぎ発見!』等の

テレビ番組のADとして毎日怒られる生活を続けながら、企画を考え一人で作れるものを模索した

結果、90年代、フジテレビの『NONFIX』でドキュメンタリー番組を多く手掛けるようになる。

ドキュメンタリー1作目となった『しかし… 福祉切り捨ての時代に』では、

生活保護を打ち切られた難病の女性の自死と福祉に尽力しながらも水俣病和解訴訟の国責との

板挟みで追い込まれた厚生官僚の山内豊徳の自死、別々に起きた2人の死の背景にある福祉の問題を

追い、ギャラクシー賞優秀作品賞を受賞。

すぐに次の番組作りの声がかかると、是枝が3年前から密かに一人でホームビデオ片手に密着を

続けていた長野県の小学校のドキュメンタリー『もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録〜』の

放送が決まる。

この作品は教科書を使わない総合学習に取り組む小学校の子供たちが仔牛の飼育をする3年間の

成長記録でATP賞優秀賞を受賞。

映画監督となった後も、これらドキュメンタリー制作の経験によって、映画でも一般の人たちの

暮らしに寄り添うものを作りたいと考えるようになる。

 

 

映画監督として

 

テレビマンユニオン在籍中の1995年に『幻の光』で映画監督デビューすると、

第52回ヴェネチア映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。

続く2作目の『ワンダフルライフ』ではナント三大陸映画祭でグランプリを受賞、世界30ヶ国、

全米200館で上映されインディペンデント映画ながら国際的にも異例のヒットとなった。

相米慎二とタッグを組んでいた安田匡裕が『ワンダフルライフ』からプロデューサーとなり、

亡くなる2009年まで是枝作品をサポートし続けた。

 

2001年、『DISTANCE』でカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に初出品。

2004年、『誰も知らない』で柳楽優弥が第57回カンヌ国際映画祭において

史上最年少・日本人初にして最優秀男優賞を受賞すると日本国内でも大きなニュースとなる。

この作品は巣鴨子供置き去り事件を題材に是枝が20代の頃から脚本を書き15年かけて

映画化に至った作品で数々の作品賞も受賞。

まだネグレクトという言葉が知られていない時代に育児放棄された子どもたちが生きる姿を映し

世間に衝撃を与えた。

 

2008年、『歩いても 歩いても』では亡くなった自身の母を反映させた普通の家族のとある日常を

描き出すが、海外のエージェントには「ローカル過ぎて理解されないだろう」と言われてしまう。

さらに30館スタートの小規模上映のうえに、配給会社のシネカノンが倒産してしまい収益も

回収ゼロに見舞われるが、公開された各国で「あれは自分の母親だ」と評され、

国境を越えて多くの映画ファンから高い支持を受ける作品となった。

 

オリジナル作品を作り続けてきたが、業田良家の漫画『ゴーダ哲学堂 空気人形』を見て、

主人公の空気人形に吹き込まれる「息」をメタファーにした官能的な世界を描き出したいと

映画化を熱望し、2009年に『空気人形』を制作。

初めて原作漫画を映画化しファンタジーに挑戦した。

釜山国際映画祭でポン・ジュノ監督に会った際に、韓国女優のペ・ドゥナの起用を相談し

助言を受け、実際に主人公の空気人形役にペ・ドゥナを起用した。

 

2010年4月にBPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員に就任。

同期の委員として重松清、立花隆、香山リカがいた。

2013年には『そして父になる』では新生児取り違え問題を題材に家族の在り方を描き、

第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。

その功績により2013年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

 

 

独立

 

2011年、過去の是枝作品のスタッフでもあった映画監督の西川美和、砂田麻美らと共に

オリジナル作品の企画制作を行う制作者集団「分福」を立ち上げ、

テレビマンユニオンから独立後、2014年に株式会社化。

テレビマンユニオンの創設者の一人である村木良彦がかつて述べた

「組織が創造するのではなく創造が中心にあり、そこに人が集まり組織になる」という

考えが受け継がれている。

監督と対等な立場で意見を出し合う監督助手というポジションを設け、

若手監督の育成も行っている。

 

 

パルム・ドール受賞

 

2018年には、高齢者所在不明問題や万引きで生計を立てる家族など、実際に日本で起きた事件から

着想を得て『万引き家族』を制作。

この作品で第71回カンヌ国際映画祭で最高賞となるパルム・ドールを受賞した。

日本人監督としては、『地獄門』の衣笠貞之助、『影武者』の黒澤明、『楢山節考』と『うなぎ』の

今村昌平に続き、史上4人目、21年ぶりの受賞となった。

パルムドール受賞により国内でも興行収入46億を超える大ヒットを記録し、

アカデミー賞でも日本映画としては2008年の『おくりびと』以来となる

アカデミー国際長編映画賞候補となり、フランス版アカデミー賞とされるセザール賞では

黒澤明の『影武者』以来、約40年振りに日本映画としての外国映画賞受賞を果たした。

 

 

海外進出

 

2019年、カトリーヌ・ドヌーヴやジュリエット・ビノシュらをキャストに迎え、

撮影監督のエリック・ゴーティエらとともに全編フランスで撮影した映画『真実』が

第76回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門でオープニング作品として上映され、

日本人監督として初の快挙となった。

この作品は2011年にジュリエット・ビノシュに「何か一緒に映画を撮りませんか?」と

誘われたのがきっかけで8年の構想かけ実現に至った。

2022年の自身としては初となる韓国映画『ベイビー・ブローカー』では、

ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、さらに『空気人形』でもタッグを組んだぺ・ドゥナといった

韓国の映画俳優が出演。

ソン・ガンホは本作で第75回カンヌ国際映画祭男優賞を受賞し、

韓国人俳優としては初の快挙となった。

 

出展:Wikipedia

 

 

 

 

ネットの反応

 

 

 

 

 

まとめ

 

いかがだったでしょうか?

今回は、『是枝裕和(映画監督)のプロフィールは?学歴や経歴についても!』

と言うタイトルで是枝裕和さんについてお伝えしました。

 

今回も最後までお読みいただき有難うございました。

 

 

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