水戸岡鋭治のプロフィールと最終学歴は?経歴と活動歴についても!

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10月13日の「カンブリア宮殿」に水戸岡鋭治さんが出演!

水戸岡鋭治さんって実際はどんな人なのか気になって調べてみました。

今回は、『水戸岡鋭治のプロフィールと最終学歴は?経歴や活動歴についても!』

というタイトルで、水戸岡鋭治さんについてお伝えしたいと思います。

どうぞ最後までごゆっくりお読みください。

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水戸岡鋭治のニュース

 

カンブリア宮殿 | Paravi(パラビ)で見る

 

カンブリア宮殿

【稀代のヒットメーカーに密着 鉄道から街へ広がる感動体験とは】

サムネイル3

 

“世界一”とも称される豪華寝台列車「ななつ星in九州」。

外装から内装まで全てのデザインを手がけた水戸岡鋭治の仕事に密着。

何が人々を惹きつけるのか?

 

番組内容

“世界一”とも称される豪華寝台列車「ななつ星in九州」。

外装から内装まで全てのデザインを手がけた水戸岡鋭治の仕事に密着する。

鉄道デザインの第一人者だが、水戸岡のもとには、鉄道、駅、公園、ホテル、カフェまで、

全国各地から様々な依頼が殺到している。

水戸岡のデザインを通じて、地域が活性化するという期待があるからだ。

「作品ではなく、ヒット商品を作ることが自分の使命」と語る水戸岡。

何が人々を惹きつけるのか?驚きの仕事術に迫る。

 

出演者

【ゲスト】ドーンデザイン研究所 代表 水戸岡鋭治

【МC】村上龍 小池栄子

 

引用:「カンブリア宮殿」の番組案内から

 

水戸岡鋭治のプロフィール

 

みとおか えいじ

水戸岡 鋭治

Eiji Mitooka Mt.Fuji station Opening Ceremony 20110701.jpg

富士山駅改名時の式典にて(2011年7月1日)
生誕 1947年7月5日(75歳)
日本の旗 日本岡山県岡山市北区
職業 インダストリアルデザイナー
団体 ドーンデザイン研究所
肩書き 九州旅客鉄道(JR九州)デザイン顧問、両備グループデザイン顧問
受賞 第59回 菊池寛賞

 出展:Wikipedia

 

※ 最終学歴:岡山県立岡山工業高校インテリア科卒

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水戸岡鋭治の経歴と活動歴

 

画像

出展 : twitter

 

岡山県で家具店の長男として生まれる。

幼い頃は窓から外を眺めるのが好きで、勉強も運動も苦手だったが、絵を描くのが得意で、

周りの人に褒められるのが嬉しくて、自然にどんどん描くようになった。

家具店の跡取りとなることを見越して、親も油絵や石膏デッサンなどの習い事を

積極的にさせてくれたという。

 

のんびりしていて不器用で鈍臭い少年だったため、アダ名は「鈍治(ドンジ)」であった。

彼はこのアダ名を現在でも大変気に入っており

後に設立した「ドーンデザイン研究所」の名前の由来になっている。

 

岡山県立岡山工業高校インテリア科卒。

高校卒業後、親の紹介で大阪のデザイン会社に就職、3年勤めた後、

家業を継ぐため岡山に帰郷しようとするも、父親から、

「散々お世話になったのだから、しばらくはお礼奉公をしなさい」と言われたこともあり、

退職後も家具店とのダブルワークで頻繁に大阪で仕事をしていた。

 

ある日大阪の会社の社長から勧められ、24歳にしてミラノのデザイン事務所に勤めることとなるが、

4か月で退職、1年半ほど鉄道の周遊パスを利用しヨーロッパ中を放浪の後、

帰国し東京でぶらぶらしていたところ、次第に仕事が入るようになる。

 

1972年、家業を弟に任せ、東京でドーンデザイン研究所を設立。

家具や建築のデザインを中心に行う。

 

彼が脚光を浴び始めたのは、九州旅客鉄道(JR九州)の車両デザインである。

福岡市の福岡地所の「ホテル海の中道」のアートディレクションを手がけ、

1987年4月、同ホテルのお披露目午餐会に参加し、

偶然同席した石井幸孝JR九州社長(当時)の知遇をえる。

 

これを契機に、同社の列車・駅・広告のデザインに携わることとなる。

当時、JR九州は設立されたばかりで、国鉄の財産を大量に継承していた。

最初に手がけたのは、博多駅から西戸崎駅(海の中道)へ向かう香椎線用の

ジョイフルトレイン「アクアエクスプレス」で、

国鉄から引き継ぎボロボロだったキハ58系気動車・キハ28系気動車を大胆に改造し、

1988年7月に完成した。

その後、熊本駅改装(旧駅舎)、キハ200形気動車のデザインを行った。

 

1992年の787系電車「つばめ」は、ブルーリボン賞、ブルネル賞といった

鉄道関連の賞だけでなく、グッドデザイン認定や松下電工(現:パナソニック電工)の

ライティングコンテスト最優秀賞などを受賞、国内外から高い評価を得た。

 

1995年には奇想天外なデザインで話題となった883系電車「ソニック」、

2000年にはオール革張りシートにフローリング床の組合せで登場した

在来線特急の集大成と言われる885系電車「かもめ」、

2004年には西陣織のシート、簾、い草、さらには金箔(1000番台・2000番台)といった

和のテイストを持ち込んだ九州新幹線800系電車「つばめ」を生み出し、

JR九州が標榜した鉄道ルネッサンスを具現化していった。

 

また、一旦は衰退した寝台列車の復活を目指していると語っている。

実際、2013年10月に九州内を巡るクルーズトレイン(豪華寝台列車)

「ななつ星 in 九州」の運行が開始された。

 

故郷岡山では、市民グループ「路面電車と都市の未来を考える会」(RACDA)からの要望を受け、

両備グループの岡山電気軌道に初めて導入された超低床電車「MOMO」のデザインを担当。

この後、両備グループデザイン顧問に就任し、両備ホールディングスや岡山電気軌道のバス、

両備フェリーのフェリー「おりんぴあ どりーむ」、

両備不動産の分譲マンションのデザインを行った。

 

その他、和歌山電鐵の「たま電車」や富士山麓電気鉄道の「富士登山電車」、

WILLER TRAINS(京都丹後鉄道)の「丹後くろまつ号」「丹後あかまつ号」「丹後あおまつ号」

のデザインを手がけるなどしている。

 

2010年、「地域の伝統的な美を巧みに取り入れた話題性の高い数々の鉄道車両を

デザインすることにより、公共交通移動空間における文化の創造に尽力した」ことで、

第54回交通文化賞を受賞。

 

2011年、「九州新幹線など数々の斬新な鉄道デザインを手掛け、列車旅の世界を革新した」

として、第59回菊池寛賞を受賞。

同年、「JR九州の車両デザインをはじめとする公共デザイン」で、毎日デザイン賞を受賞。

水戸岡のデザイン関係の工事を手掛ける人たちは「チーム水戸岡」と呼ばれる。

その一部の人たちで「九州艤装」が設立された。

 

 出展:Wikipedia

ネットの反応

 

 

まとめ

 

いかがだったでしょうか?

今回は、『水戸岡鋭治のプロフィールと最終学歴は?経歴や活動歴についても!』

というタイトルで、水戸岡鋭治さんについてお伝えしました。

 

『勉強も運動も苦手だったが、絵を描くのが得意』

イイですね~♪

この一言でファンになりました!

 

”鋭い”の反対語である”鈍い”を使って、

鈍治(ドンジ)というアダ名を付けられた水戸岡鋭治さん。

【彼はこのアダ名を現在でも大変気に入っており

後に設立した「ドーンデザイン研究所」の名前の由来になっている。】

何だか、象徴的で感動しますね~♪

とても強い素晴らしい方だと思います。

今回も最後までお読みいただき有難うございました。

 

 

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