磯野貴理子の経歴
出典:NEWSポストセブン
銀行員からチャイルズのメンバーへ
磯野貴理子さんは高校卒業後、地元を離れて東京へ移り、相互銀行へ就職しました。日本橋支店で約3年間勤務し、社会人として経験を積んでいます。
銀行員として働いていた21歳のとき、劇団七曜日の劇団員募集を知り、「一度きりの人生だから挑戦したい」と芸能界入りを決意しました。
劇団で出会った仲間と女性3人組ユニット「チャイルズ」を結成し、「きりこ」の芸名で活動を開始します。
1987年には「笑っていいとも!」の初代いいとも少女隊に抜擢され、お茶の間で一気に知名度を高めました。翌1988年にはチャイルズとして「恋は魚河岸のごとく」でレコードデビューを果たし、バラエティーアイドルとして人気を集めます。
しかし1992年にチャイルズは解散。その後も芸能界に残り、リポーターやバラエティータレントとして新たな道を切り開いていきました。
長寿番組やドラマで幅広く活躍
チャイルズ解散後は、軽快なトークと飾らない人柄が評価され、多くの情報番組やバラエティー番組へ出演するようになります。
1994年に始まった「おそく起きた朝は…」では、松居直美さん、森尾由美さんとの息の合った掛け合いが話題となりました。番組名は「おそく起きた昼は…」「はやく起きた朝は…」へと変わりましたが、30年以上にわたって続く代表作となっています。
一方で女優としても活動し、テレビドラマや舞台にも出演。2004年にはテレビ朝日のドラマ「おばあさんの反乱~遺産はだれのモノ?~」で主演を務めるなど、活動の幅を広げました。
2007年には芸名を「磯野貴理」へ変更しましたが、2011年には現在の「磯野貴理子」に戻しています。
2009年には三重県から「みえの国観光大使」に任命され、故郷の魅力を伝える活動にも取り組んでいます。
2014年10月には脳梗塞を発症しましたが、リハビリに励み、同年12月には仕事へ復帰しました。この経験は健康や人生を見つめ直す大きな転機となりました。
2017年からはジャパン・ミュージックエンターテインメントに所属し、現在もテレビを中心に幅広く活躍を続けています。
野鳥との出会いから登山や写真の世界へ
近年の磯野さんを語るうえで欠かせないのが、野鳥との出会いです。
自宅で耳にしたシジュウカラの鳴き声が気になり、鳥の名前を調べたことがきっかけで野鳥観察を始めました。
さらに、日本野鳥の会へ入会し、野鳥撮影のために本格的なカメラも学び始めます。
撮影した作品を公開するためInstagramも開設し、多くの野鳥写真を発信しています。
より多くの鳥に出会うため登山にも取り組むようになり、現在では月に数回山へ登る生活を楽しんでいます。また、多摩川水源森林ボランティアにも参加し、森林保全活動にも力を注いでいます。
2026年の「徹子の部屋」では、鳥との出会いが人生をより豊かなものにしてくれたことや、終活を通して暮らしを見つめ直した現在の心境について語られる予定です。