第11章 退任と継承
幾多の試練を乗り越えた坂本龍馬の内閣は、国内外に強い印象を残した。
財政は立て直しの兆しを見せ、
外交は列強から「言葉を武器とする国」として一定の信頼を勝ち取り、
議会は未熟ながらも自立の歩みを始めていた。
しかし、その航路を切り開いた船頭である龍馬自身の体は、限界に近づいていた。
近江屋で負った古傷が再び疼き、夜半の執務中に激しい頭痛で倒れることもあった。
周囲は休養を勧めたが、龍馬は「わしは借り物の命ぜよ」と言って筆を置こうとはしなかった。
ただ、彼の眼差しにはかつての鋭さに加え、どこか「次代を見据える静けさ」が宿り始めていた。
ある夜、木戸孝允と大久保利通を官邸に呼び、龍馬は静かに切り出した。
「わしの役目は、もう終わりに近づいちゅうかもしれん。
けんど、国の歩みはここで止めてはならん。次を託せる仕組みを、今こそ固めにゃならん」
二人は言葉を失った。木戸は「まだ道半ばだ」と食い下がったが、龍馬は笑って首を振った。
「わしは初代やき、退くときにこそ道を示さにゃならん。
総理大臣の座は誰か一人のためやのうて、民のために継がれるものぜよ」
龍馬はその後、退任を前提とした制度設計に着手した。
首相が自らの意思で辞職できること、後任は議会の合意によって選出されること、
内閣の責務と任期を明文化すること――
これらは後に「責任内閣制」として日本政治の基盤を成すこととなる。


